金の小鳥

『いつまでも、あの人と一緒にいられますように。大好きなあの人と一緒に。』

金の小鳥が空を舞う小さな森の中で少女は祈る。小さなひざを抱え毎日そこで祈っていた。
小さいからといって思いが小さいわけではない。金色の小鳥は少女の願いを毎日聞いている。しかし金色の小鳥には願いをかなえる力はない。
「今日もあの人は元気だわ。よかった。」
少女はそっと彼を見つめた。彼を見る少女の顔には笑顔が浮かんでいる。
金色の小鳥は少女の願いをかなえてあげたいと思った。
「もしも、もしもあの人と一言だけでもお話ができたら、私とっても幸せな気持ちになれるわ。」
少女は金色の小鳥に毎日そう話しかけていた。
金色の小鳥は毎日その願いを黙って聞いているだけだった。

ここは池袋駅。
さまざまな想いを持った人たちが行きかうその一角に不思議なカフェがあるのをご存知だろうか?
少女たちの噂では、いけふくろうに悩みを打ち明けるとあらわれるのだという。彼女たちのきらきらとした悩み事がその扉を開ける唯一の鍵だと言われている。
そんな池袋駅の雑踏の中、小さな女の子が一人で歩いていた。周りに保護者らしき大人はみえないが、この人ごみの中で気にする人などいない。
女の子はキョロキョロとあたりを見回し改札を通る大人の後ろについていった。何の疑問も無く改札は少女を外へと吐き出す。
「こっちかしら?」
地下道をあても無く歩き回る少女は迷子のように見えるがしかしやはり誰も気にするものはいない。少女が店の前を通ると時折甘い良い香りがする。店先にかわいらしいケーキが並んでいるのが少女の目に入ると少女の小さなおなかがクウーと鳴った。誰に聞かれたわけでもないのに少女のさくらんぼのような頬はりんごのように真っ赤になった。
「おなかすいた…。」
少女は急に不安に襲われその場に立ち止まって下を向いた。少し泣きそうな顔をしてじっと立っていると少女の目の前を小さな鳥が横切った。
「あ!」
鳥はスッと少女の目の前で回転し、右へ曲がって行った。
「待って!」
小さな鳥を追いかけて少女が走っていたが、ある店の前ですっといなくなった。「牛乳スタンド」と書かれた小さな店には名前のとおり牛乳しか置いていない。その隣も雑多な商品が並べられている小さな店で、二つの店の距離はわずか1メートルほどだ。その店と店の間に小さなドアがあった。小さいドアで大人が入れるような高さではないが、少女の身体にぴったりの大きさで、そのドアの上に看板がついていた。
「カフェ?」
少女は何かに導かれるようにその扉に手を伸ばした。
扉を開くと暗くて長い廊下が見える。少女は恐る恐る暗い廊下を歩き始めた。
バタン。
少し歩くと後ろで扉のしまる音がした。少女は怖くなって扉を振り返った。先ほどまでかすかに明かりが見えた扉からはまったく光が射さなくなってしまった。
「やだ!」
少女は目をつぶってその場に座り込んだ。
「ようこそ、オレ様カフェへ。」
少女の頭の上からそんな声が聞こえた。とたんに肌寒いと思っていたその場所が暖かくなった。
恐る恐る目を開けると背の高い青年が一人立っていた。少女は目からポロポロと涙を流してその青年を見上げた。
「大丈夫かな?立てる?」
青年がゆっくりとしゃがみこみ少女の頭をなでた。暖かい声と手が少女の緊張を解きほぐしていく。しかし。
「誰ですか?」
目の前にいる青年の声とはまったく正反対の冷たい声が聞こえた。
「お客さんだよ。いくら「俺様」だからってさ、そういう言い方よくないよーまなぶちゃん。」
「まなぶではありません。がくです。」
「ねえねえ、君どこから来たの?あ、僕はね、池袋太陽。こっちは代々木学ね。君の名前は?」
池袋から返事が返ってこなかったことに対して代々木は少しむっとしながら話を続ける。
「その子はお客様ではありません。車掌からのリストには載っていないはずです。そんな小さい子だったらすぐわかりますからね。」
「いいじゃんか、こんな小さい子にそんなつんけんしなくったって。学ちゃんは業務に忠実すぎ。」
少女は泣くのも忘れて二人のやり取りを見つめていたが、しばらくして落ち着くと店内を見回した。
間口は狭いのに、店内はかなりゆったりとした空間が広がっていた。地下にあるはずなのに窓からは日差しが降り注ぎ、窓の外には小さい庭が見える。天窓からも明るい日差しが差し込み、ここはまるで森の中にあるカフェのようだった。しかし入ってきた扉の幅と隣接する店の距離を考えるとこんなに広い空間が取れるはずもないのだ。しかも庭などあるはずがない。少女は少し考えてから聞いた。
「ここは、どこ?」
少女が尋ねると池袋はにっこり笑って言った。
「ここは、オレ様カフェ。あなたの悩みを聞くところ。」
明るいブラウンの髪の色と同じ瞳で少女を見つめている。
「君はだれ?」
池袋がやさしく問い返した。
「私…わたし…私、いけふくろう様に会いに来たの。」
「いけふくろうに?」
少女は堰を切ったように話し始めた。
「私どうしてもお願い事があっていけふくろう様に会いに来たの。小鳥さんが言うには、いけふくろう様だったら私の願いをかなえてくれるって。だから、いけふくろう様にどうしても会わなきゃいけないの。じゃないと、じゃないと…。」
少女は思い出したように涙を流した。
「鉄道警察ですね。」
にべもなく代々木が言う。少女から涙がポロポロとこぼれ落ちて床に小さなシミを作った。
「もう、学ちゃんは、気が早いよ。」
池袋は少女の目頭にそっと指をあてその涙をぬぐう。
「迷子は駅員か警察に任せるべきです。だいたい名簿に載っていない客に扉を開くなんて。車掌に事情を聞いてきます。池袋さんはその子を鉄道警察に連れて行ってください。」
「いけふくろうね。僕が連れて行ってあげるね。」
「池袋さん!」
「まあまあ、いいじゃないか。いけふくろうに会ったら帰るんだよ。」
呆れる代々木をよそに、池袋は少女の手をとって立ち上がらせた。大きな背の池袋は腰を深く折り曲げて少女にお辞儀をするように手をとっていた。
「さあ、こちらへどうぞ、お嬢様。」
自分の後ろが明るくなったのに気がついて少女が後ろを振り向くといつの間にか外に出ていた。
雑踏の中を池袋は少女の手を握っていた。二人の後ろには先ほど少女が入ってきた扉があった壁があった。しかし今そこには何もなく、牛乳スタンドと小さな雑貨店があるだけだった。
「こっちだよ。」
池袋は右手を伸ばしそちらの方へ案内した。
しかし少女はまだ知らない。
彼が極度の方向音痴だということを。

* *
「ミーティング楽しみ!」
大江戸線のミラクルトレインの車両はいつものように緩んだ時間が流れている。今日は月に一度主要駅が集う大きな会議の日であった。だが会議といっても近況を報告し担当駅が用意した茶菓子を食べるくらいで、さして重要な集まりでもない。そのため駅たちの気も当然緩んでいる。六本木と両国は忠臣蔵のDVDを見ながら泣いているし、月島と新宿は都庁に睨まれながらもんじゃ焼きを食べている始末。汐留にいたっては六本木のパソコンで豊島園のホームページを見ながら熱心にパンフレットにチェックを入れていた。
「ねえねえ、都庁さん、最初に何乗る?やっぱジェットコースターがいいよねー。」
今月の担当は豊島園駅ということで汐留は会議の後豊島園で遊ぶ気のようだ。
「遊びに行くのではないぞ、汐留。」
「え、そうなの?何しに行くの?」
汐留の回答に目をつぶり天を仰ぐ都庁は手に持っていた資料を思わず落としかけた。
「次は〜豊島園〜豊島園〜。」
車内アナウンスを聞いた面々は片づけをし、ドアの近くへと集まった。
さすがに先輩の前でこのだらけきった空気のまま行くわけにはいかないので、それぞれが身支度を整え車両が止まるのをまった。
プシューと音がして車両が静かに止まるとチャイムの音とともに扉が開いた。先輩に失礼の無いようにと車両を降りた面々はすばやく並んだ。
「お出迎えありがとうございます、豊島園先輩!」
都庁の掛け声とともに他の5人が頭を下げた。
しかし。
「…」
頭を下げたまましばらく待っていたが、一向に豊島園の声が聞こえない。都庁が恐る恐る頭を上げるとそこには誰も立っていなかった。
「先輩、豊島園先輩?」
いつもなら必ず出迎える豊島園が今日に限ってどこにも見当たらない。遅刻するような人ではないので、都庁は眉間にしわを寄せて辺りを見回した。
「先輩―豊島園先輩―。」
他のメンバーも異常に気がついたのか、頭を上げてあたりを見回した。駅構内は薄暗く、誰かがいる気配は無い。
「寝てるのかなあ。」
汐留がつぶやいた。
「豊島園先輩に限ってそれは無いでしょう。」
月島がそう言うと歩き出した。
「とりあえず、先輩の部屋まで行きましょう。」
「そうだな。」
月島と都庁の後に続いて他のメンバーも歩き始めた。
少し暗い構内の壁にいつの間にか扉が現れていた。都庁がコンコンとノックをする。
「豊島園先輩、都庁です。本日は会議だと思うのですが、どうかされましたか?」
よく通る声でそう言ってみたが、中から返事は無い。
「開けるしかないんじゃないかな。」
六本木が提案すると新宿がドアノブに手をかけてすっとドアノブを回した。
「お、おい新宿。」
「中で死んでたらどうするんだよ?」
新宿はそう言って扉を開いた。
「し、死んでるって、縁起でもないこと言うな!」
都庁が怒ったが、新宿は知らん顔で中にずかずかと入っていった。
部屋の中はきれいに整頓されていて、特に変わった様子は無い。奥の扉の前まで行くと新宿が声をかけた。
「豊島園先輩、開けますよ?」
「だめ!」
中から声が聞こえた。新宿がその扉に手をかけた。
「先輩いるんですか?どうしたんですか?」
「だめだよ!」
都庁があわてて、開けようとする新宿の手を押さえた。
「新宿、待て。」
「先輩、どうしましたか?何があったんですか?」
月島が後ろから声をかけた。
「いいからはいっちゃだめ!」
「開けますよ。」
新宿が強引に扉を開けた。
「入ってくんな!」
ガラガラと音を立てて勢いよく開けた扉の中は真っ暗だった。都庁が慌てて新宿をとめた。しかし切羽詰った豊島園の声を聞いて月島が手探りでスイッチを探し始めた。
「先輩、大丈夫ですか?何かありましたか?」
パチッという音と共に部屋の中が明るくなる。
「先輩、どう…?」
目の前にいる人物にみんなの視線が釘付けになった。
「はいってくんなって言っただろ!バカ!」
みんなの目の前には、豊島園とそっくりな顔をした小さな少年が毛布を被って座っていた。
「え?」
「え??」
その場にいた誰もが事態を飲み込めずにいた。
「誰に断って入って来たんだよ!バカ!」
少年は立ち上がると都庁めがけて突進してきた。
「わっ!いてっ!」
少年は思いっきり都庁の向うずねを蹴り飛ばした。うずくまる都庁の脇を少年が走り去ろうとする。
「こら、待て!」
新宿が逃げようとする少年の毛布をつかんで引っ張った。しかし毛布だけ取れ中身は逃げてしまった。
「つかまえろ!」
都庁は頭に血が上って思わず叫んだ。
一番後ろにいた両国と六本木が手を広げて少年を囲い込んだ。
「離せよ!バカ!アホ!マヌケ!」
暴れる少年をがっちりと両国が掴んでいる。
ブカブカのシャツにネクタイを締めただけの格好で暴れている。
「こら、わっ!暴れるな!」
両国はなんとか身体を押さえているが、手足をばたばたとさせ暴れる少年は容赦がない。
「とりあえず落ち着こうよ、ね?」
六本木は落ち着いた声でその少年に話しかけた。一瞬少年の動きが止まる。
「僕は六本木史。君の名前、教えて欲しいな。」
少年と同じ目線になった六本木は笑顔で問いかけた。
「僕…ぼく、豊島園、沙武朗。」
観念したのか動きを止めてそう言った。
「豊島園…先輩ですか?!」
都庁の叫び声に豊島園の表情が硬くなる。
「しぃっ。都庁さん少し静かにしてください。」
珍しく六本木が都庁に厳しく言った。
「や、す、すまない。」
都庁はコホンとひとつ咳払いをして黙った。六本木は豊島園の頭をなでながら優しく聞いた。
「沙武朗君、どうしてここにいるの?」
「…わからない、気がついたらここにいたの。」
「そうか。それは不安だね。とにかく、何かわかるまで僕たちと一緒にいようよ。わかりそうな人に聞いてみるから。」
六本木が丁寧に説明すると豊島園は始めて安心したような顔をした。
「わかった。」
「じゃあさ、洋服を取りに行って来るから待っててね。」
どう見ても大きいその服はおそらく大人の豊島園が着ていたものだろう。豊島園はまた不安そうに六本木の洋服をきゅっと握った。
「六本木さん、僕の小さいころの制服があるからそれ持ってくるよ。」
汐留がそう言うと六本木はこくんと頷いた。
「では私は車掌に状況を説明し解決策を考えよう。豊島園先輩、状況を説明できますか?」
豊島園は都庁をキッと睨んで口をへの字にしたまま言った。
「わかるわけ無いだろ!でかぶつ!」
六本木にぎゅっと抱きついたまま豊島園が叫ぶと新宿が笑い出した。都庁の口があんぐりと開いていた。
「何がおかしい。」
両国もにやにやと笑っている。
「豊島園先輩は意外とやんちゃだねえ。」
「本当に意外ですね。」
月島も微笑んでいた。
「大きいからっていい気になるなよ!僕だって大きくなったらお前くらい背が伸びるんだからな!」
笑いをこらえていた六本木が噴出すと、それまで我慢していた面々がどっと笑った。都庁も納得がいったように苦笑した。
「何がおかしいんだよ!」
しかし、誰もそれには答えなかった。
「そうだね、大きくなるよ。」
豊島園の意外なコンプレックスが判って六本木は少し安心した。

* * *

車両の中で小さくなった豊島園が足をぶらぶらさせながらいすに座っていた。
「おなかすいたよ。まだ?」
「もうちょっと待ってくださいね。すぐできますから。」
月島が車内で当然のようにもんじゃを焼いていた。
「僕のお古がぴったりだったね。よかった。」
汐留と同じデザインでサイズの小さい服を着た豊島園が自分の着ている制服を不思議そうにみた。他の駅とは違うデザインにちょっとだけ首を傾けた。
「はい、先輩、もんじゃが焼けましたよ。どうぞ。」
「腹ペコだよ!」
豊島園はぱっと笑顔になって月島のいる鉄板の近くまで寄ってきた。
「さあ、たくさんお食べくださいね。皆さんもどうぞ。」
月島が笑顔で豊島園にはがしを渡したが、豊島園は鉄板の上を睨みつけじっと立ったままだった。
「いただきまーす。」
汐留が率先して鉄板にはがしをのせた。他の駅たちもめいめい食べ始めている。
「先輩、どうしました?」
その場に立ったままの豊島園に月島が心配そうに声をかけた。
「おなか、すいたでしょ?」
「げろ。」
月島以外の駅たちが一瞬凍りついた。月島は笑顔のままだ。
「げろみたい。やだ。こんなの食べたくない。」
「や、やや、食べてみてください、おおおお、おいしいですから、見た目はあれですけど。」
都庁がなぜかしどろもどろになりながら豊島園の手を握って座らせた。
「ほんと?」
みんなが首を縦に振る。都庁だけなぜか回数が多い。
「ほら、おいしいよ!」
汐留が笑顔ではがしからもんじゃ焼きを口に入れた。それをみた豊島園のおなかがグーと鳴った。
「どうぞ、お熱いので気をつけて食べてくださいね。」
月島が笑顔でふーっと息を吐きはがしにのったもんじゃを口に入れた。
豊島園は恐る恐る鉄板にはがしを乗せもんじゃをそっとすくうと口に入れた。豊島園の動きを皆で見つめている。
「あ、おいしい。」
そう言うと豊島園は夢中でもんじゃを食べ始めた。
「お口にあって良かったです。」
月島がにっこり笑うと都庁がほっとした様子で目の前のもんじゃに手を伸ばした。

* *

「ちょっと待ってね。」
池袋が少女の手そっと引っ張って店まで連れて行った。
「甘い物好き?」
かわいらしいデコレーションを施したケーキがショーケースの中に並んでいる。少女は思わずそのショーケースに顔をくっつけてじっと見た。
「かわいい。」
「好きなの選んで。戻ったら一緒に食べようよ。」
池袋の提案に少女は顔を赤らめ下を向いた。
「え、でも…。」
「ね、僕はこれにしようかな。」
池袋が選んだケーキはかわいい猫のデコレーションが施されていた。池袋が笑顔で少女の方を向くと少女は少しはにかんでケーキの一つを指さした。
「じゃあ、私、この鳥さん。」
指先にあったのは鳥のチョコレートが乗ったドーム型の小さなケーキだった。
「すみません、これと、これ。」

池袋は楽しそうに少女の手を取って歩いている。いろいろなお店の前で立ち止まっては少女に聞く。
「お腹すいてない?」
ケーキを買った後、食べ物屋を見つけるたびに池袋が問いかけてくるので少女は時々困ったような顔をして首を振るだけだった。3回目の角を曲がったところで少女が思い切って尋ねた。
「あの…いけふくろう様の所へはまだですか?」
池袋はなぜか少女と目を合わせようとしない。
「うん、大丈夫多分、こっちだから。」
そう言うと池袋は小さなお店の前で止まった。
「栗、食べよう。」
「え?」
「すみません、これ一つ。」
池袋は甘栗を買ってまた少し歩き出すとその場で栗の袋に手を伸ばした。大きな栗を一つ取り出すと皮を剥いて少女に手渡した。
「はい。」
笑顔で少女に栗を渡すと自分の分も一つ取り出して皮を剥き口に入れた。大きめの甘栗は甘さ控えめではあったが、しっとりしていてサツマイモのようだった。
「おいしい。」
「良かった。じゃあ行こうか。」
「はい。」
しかし、結局いけふくろうへはたどり着かなかった。
「ここ…。」
少女と池袋は小さな「牛乳スタンド」と書かれた店の前で立ち止まってしばらく無言だった。
「えっと、ごめん。」
大きな体を小さくして少女に頭を下げた。
「何をしてるんですか?池袋さん。」
いつの間にか代々木が後ろに立っていた。
「よかった。ねえ、学ちゃん、いけふうろうってどっちだっけ。」
「遅いと思ったら。いけふくろうはすぐ近くじゃないですか。あっちですよ。」
代々木は最初に池袋が歩き出した方角と反対の方を指さした。
「…そっか。ごめんね、反対の方向に行っちゃったみ…。」
池袋が最後まで言い終わらないうちに少女は走り出した。
「あ、ちょっと。」
「さあ、店に帰りましょう。今日はやっぱり誰も来る予定はないみたいですよ。」
池袋は手に持ったケーキの箱をちょっとだけ見つめ、少女の後についていった。
「あ。もう、ほっとけばいいのに。」
代々木がため息をついて小さな扉をあけて店にはいると扉はすっと消えていった。

池袋がいけふくろうの前まで来ると、少女は座って祈りを捧げていた。池袋はその姿をそっと見守る。
「お願い。おねがい・・・。」
目をぎゅっと閉じた少女の目頭からじわりと涙が浮かび上がる。
池袋はたまらず少女の隣にしゃがみ込んだ。
「ねえ、その悩み、僕じゃ解決できないかな?」
突然聞こえた声に少女がはっとなって顔を上げた。
「話してごらん?僕じゃ頼りないかもしれないけど。」
少女の瞳が潤み始めた。池袋が手に持ったケーキの箱を少しだけ持ち上げた。
「とりあえずケーキ、食べようか。」
笑顔の池袋の顔をみて涙をこぼしながら少女がこくりと頷いた。

「どうぞ。温かい紅茶飲む?ねえ学ちゃん紅茶煎れてよー。」
カウンターの中には憮然とした態度の代々木がお湯を沸かしているケトルの前で立っていた。
池袋はケーキを皿に取り分けるとフォークを添えて少女の前に差し出した。鳥の形をしたチョコレートが乗ったケーキをじっと見つめながら少女はフォークを手に持った。
池袋は自分の分のケーキを取り分けると手を合わせた。
「いただきまーす。」
大きな体にふさわしくない小さなフォークを猫のケーキに刺した。
「どうぞ。」
優雅な仕草で代々木が少女に紅茶を差し出した。
「あ、ありがとうございます。」
少女は上目遣いに代々木を見た。少し怒ったような表情の代々木に少女の体が硬くなる。
「ねえ、学ちゃんその態度良くないよ。怖がってるじゃないか。」
池袋が代々木にフォークを向けながらそう言うと代々木は少しだけ口をへの字にして目を閉じた。
「お客様以外の人を連れ込むなんて、規約違反です。」
「人じゃなきゃ、良いんだよね?」
池袋は少し驚いた顔をした代々木をよそに猫の耳の部分を大きく取って口に放り込んだ。

* *

「ふぅ、お腹いっぱい。」
汐留がお腹をさすりながらイスに寝ころんだ。
「こら、汐留。みっともないぞ。」
都庁がだらしなくイスに寝ころぶ汐留を見て眉をひそめた。
「んー。」
汐留は曖昧な返事をしてイスに座り直した。その隣では豊島園がすっかり寝息を立てている。
月島と両国が隣の車両から戻ってくると改めて都庁が話し始めた。
「車掌には経緯を話したが、調べる、という回答しかなかった。」
「まあ、予想通りの回答だね。例のごとく何か知ってるとは思うけどな。」
新宿がため息をつき都庁が軽く頭を縦に振った。
「私たちで調べられることはないだろうか。」
「豊島園駅に戻ってみてはいかがでしょうか。何か変わったところが無いか調べてみるのは。」
月島がはがしを磨きながらそう言うと都庁が明るい顔になった。
「そうだな。」
新宿も頷いて同意した所で車両の扉が開いた。
「豊島園〜豊島園〜。」
「調べて来いって事か。」
新宿が苦笑いをした。
「先輩どうしよう。」
汐留が豊島園の頭を撫でながら都庁に聞いた。
「そうだな、起こすのも悪いか。汐留、一緒にいてくれないか?」
「えー。うんー。まあいっか。良いよ、いってらっしゃい。」
「僕も一緒に残りますよ。」
六本木がそう申し出ると後の4人は豊島園駅に降り立った。

暗い豊島園駅は営業を終えほとんどの電気が消えていた。豊島園の部屋の扉はどこにも見えない。
「部屋へは入れないか。」
「先輩がいませんからね。」
「とりあえず、変わったところとかねえのかよ。」
「こう、暗くては…。」
そう言うと突然駅の電気がついた。
「わっ、なんだ?」
突然明るくなった構内で都庁達はまぶしそうに目を押さえた。
「びっくりしたな。」
新宿が頭をふる。そっと目を開けるとどこからか音が聞こえる。
「なあ、なんか聞こえねえか?」
両国が都庁達にそう言うと皆黙って耳を澄ませた。
「鳥の鳴き声ですね。」
月島があたりを見回す。
「やっぱり、聞こえるか。」
「どこからだ?」
「上の方ですね。」
4人は階段を上がって音のする方へと行った。階段を上りきると大きなパブリックアートの壁が見える。その近くに小鳥が円を描いて飛び、下には小さな男の子がしゃがみ込んでいるのが見えた。
「都庁さん、あんなところに子供が。」
「うむ、こんな時間にいるはずがない。」
月島と都庁が男の子の近くに寄っていくと、小鳥はいよいよ大きく円を描いて都庁達に近寄ってきた。
「おい、ぼうず。どうしたい?」
後ろからきた両国は都庁達を押しのけ真っ先に少年のそばによってしゃがみ込むと、少年からすすり泣く声が聞こえた。
「いなくなっちゃった。」
「いなくなった?誰がでぃ?まあよ、とりあえず、ほら泣くな。」
両国がハンカチを取り出し少年に差し出すと少年がやっと顔をあげ両国の方を向いた。
「ぼうず、誰かと一緒じゃねえのか?父ちゃんとか母ちゃんはどしたぃ?」
笑顔で優しく問いかける両国に少年はやっと落ち着いたように息を一つはいて話し始めた。
「一緒にいる子がいなくなっちゃったの。」
少年は鼻をすすって両国の問いかけには答えずそう言ってまた泣き出した。
「そうかぃ。でもよ、その子も心配だが、おめえこんな時間まで一人でいたのかぃ?母ちゃんが心配するぜ?」
そのとき月島が周りの異変に気がついた。
「都庁さん、これ。」
月島が指さす方向をみると、都庁があっと声をあげた。新宿は一瞬気がつかなかったが、月島が指さす方をみてしばらく考え込んだ後、手を打って納得した顔になった。すると小鳥はもう一つ大きく円を描いて今度はまたホームの方へと飛んでいった。月島と都庁が顔を見合わせ頷く。
「ついてこい、ってことでしょうね。」
「そうだな。」
両国は困った顔をして少年と都庁の顔を交互に見た。
「ここに置いておく訳にはいかねえよな。」
都庁も両国と同じく思ったようだ。
「そうだな。少年に聞けば何か事情がわかるかもしれないしな。」
「よし、じゃあぼうず。一緒に行くか。」
両国は安心させるように少年の肩を軽く叩いた。少年はまた涙を流してこくりと頷いた。
「お兄ちゃん、あの子を捜してくれる?」
両国はぱっと笑顔になり胸をぽんと叩いた。
「もちろんだとも。任せとけ。」
そう言うと男の子を連れて小鳥の後を追っていくことにした。

車両に残っていた汐留と六本木が豊島園の寝顔を見ながら笑っていた。汐留の膝枕ですやすやと眠っている。汐留は優しく豊島園の頭をなでていた。
「先輩結構やんちゃですよね。」
「うん。」
「ん…。」
豊島園は目を開けるとゆっくり体を起こし大きく伸びをした。汐留が笑顔で話しかける。
「おはようございます、豊島園先輩。」
「あ、おはよー…。」
まだ寝ぼけた顔で首を傾けると汐留が笑って頭をなでた。
「よく寝られた?」
「うん。」
豊島園が笑顔で汐留に返事をした。すると車両の扉が開いて小鳥を筆頭に都庁達が乗り込んできた。
「あ、おかえりなさい。どうだった?」
「都庁さん、その鳥・・・。」
六本木が車内を飛んでいる小鳥を指さした。
「よくわからないが、どこかに連れて行こうとしているらしい。」
そのとき車両の扉が閉まり、続いて車掌が現れた。
「皆さんおそろいですね。」
マスクの下の表情が見えない車掌の肩に都庁達を案内してきた小鳥が留まった。
「良かった、今行こうと思っていたところです。何があったのですか?」
車掌が小さくなった豊島園の目の前にたった。
「どうやら、強い力が働いたようです。」
「もったいぶってないでちゃんとわかるように説明して欲しいな。」
新宿がそう言うと車掌は両国の隣にいた少年の方へと歩き始めた。
「君は、豊島園の子だね?」
「え?」
両国の隣にたっていた少年が頷くと六本木がびっくりした様子で豊島園の方を向いた。汐留も隣にいる豊島園の方を見た。
「豊島園の子…って…まさか。」
「豊島園先輩に子供が?」
それぞれが豊島園の方を向き始めるが、豊島園はなぜ自分が注目を集めるのかわからない様子でしきりに首をひねっていた。車掌が少しだけ笑った。
「違います。まあ、とりあえず、池袋へ行ってください。」
「池袋ですか?」
「はい。そこに行けばわかるはずです。」
新宿がおもしろくなさそうに自分の髪を梳いてそっぽを向いた。
「池袋か。あそこは鬼門なんだよな。」
「あ、あそこってカフェがあったよね?確か。」
「代々木君が働いていますね。」
「池袋もな。」
新宿が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「とにかく、池袋へ行こう。」

* *

池袋に降り立った駅達は牛乳スタンドの前で待ちぼうけをくらっていた。
「このあたりにあるはずなんだが。」
都庁はあたりを見回すが、それらしいカフェはどこにもない。
「都庁さん間違えたんじゃねえの?」
両国がそう言って少年の方を向くと、手をつないでいる少年はクスクスと笑って頷いた。
「そんなはずはない。確かに牛乳スタンドと雑貨店の間だと。」
「でもさ、ここ、どう見ても人が入れそうなスペースないよね?」
六本木が頷く。
「でっかいのに、役に立たないな!」
豊島園はすっかり馴染んだようで、都庁に向かって容赦ない言葉を投げかけた。
「や、先輩、大きさは関係ないかと・・・。とにかく車掌から聞いた場所は確かにここだ。もう一度連絡を取ってみよう。」
都庁が上着の内ポケットから携帯をとりだしたその時騒がしい声が聞こえた。
「いた!いたいた!良かった。わ!新宿がいる!」
名前を呼ばれて新宿が声のする方へ向くと池袋が駆け寄ってきた。
「あー、またうるさいのが。」
新宿はうんざりした顔で池袋から視線を背けた。
「良かったー地下鉄の改札がわからなくてさ。」
「そんなことだろうと思ったよ。」
新宿が鼻で笑うと池袋がむっとした表情で言葉を続けた。
「とりあえず、中に入ってください。今開けますから。」
池袋がパチンと指を鳴らすと、今まで壁だった部分に大きな扉が現れた。
「すごい。」
汐留が感嘆の声を上げた。
「さあどうぞ。そっちの少年も・・・あれ?」
池袋は汐留の隣に立っていた豊島園を見て目を大きく開いた。
「もしかして、沙武朗ちゃん?」
「そうだけど、何だよ。」
「沙武朗ちゃんかあ!やー小さくなっちゃって!でもかわいい!」
池袋は驚く豊島園の近くまで寄ってくるとおもむろに抱きついた。何が起きたのかわからない豊島園の頭をぎゅっと抱え、頭をなで回す。
「沙武朗ちゃん、かわいすぎるよ。もうこのままでも良いんじゃないの?」
あははと笑う池袋は豊島園の頬をつまみ、挙げ句の果てに軽々と持ち上げてしまった。
「何すんだよ!降ろせ!」
暴れる豊島園をそのままに扉の方へと向かう。
「ほら、沙武朗ちゃん僕が抱っこしてあげるからね!いやー、こんなチャンス滅多にないからね。」
笑いながら扉を開けると、あっけにとられる駅達を尻目に中へと入っていった。

「そんなにむくれないで。ほら、ケーキあげるから。」
頬をふくらませてそっぽを向く豊島園の机の前に池袋はイチゴのショートケーキを置いた。
「紅茶飲む?それともホットミルクが良いかな?」
しきりに目を合わせようと池袋が豊島園の顔をのぞき込むが、すっかりへそを曲げた豊島園はそれを無視するように顔を背けていた。
「あの、池袋先輩。それで、どうして豊島園先輩はこうなってしまったのですか?」
都庁が眉間にしわを寄せて池袋に訪ねた。
「あ、そうそう。」
池袋はやっと思い出したようにカウンターの奥に声をかけた。
「学ちゃん、連れてきて。」
カウンターの奥から代々木と一緒に少女が現れた。
「豊島園さん。」
か細い声で少女が豊島園の名を呼ぶ。
豊島園はきょとんとした顔をしてその少女を見つめた。覚えがないのかしきりに首をかしげている。
「あの、分からないと思うんですけど、私その…。」
少女は泣きそうな顔で豊島園の前におずおずと進み出た。
「ごめんなさい!」
大きな声で謝ると今度は泣き出した。周りの駅達がとまどう中、豊島園は少女に近づき頭を撫でた。
「ごめん。僕、君のことはわからないけど相談にはのってあげられるよ。話してごらん。」
笑顔で少女の手を取ると顔をのぞき込んだ。少女は豊島園と目が合うと頬を紅く染め鼻をグスリとすすった。
「私、豊島園さんの事いつも見てました。お客さんにご挨拶した後、私にもいつも挨拶してくれて。すごく嬉しかったんです。だから、一度で良いからお話してみたかったんです。」
「そうか。あ、そうか!」
豊島園はひらめいた顔をして少女の両手を握りしめた。
「君は、あの壁にいた女の子だね。」
六本木と汐留が驚いた顔をし、その他の駅達は納得した様子で二人を見ていた。
「はい。毎日豊島園さんとお話したいって小鳥さんにお願いしてたんです。そしたら、ある日小鳥さんが私に教えてくれたんです。」
「まあ、ちょっとお茶でも飲んだら?」
池袋が話の腰を折る形で割って入った。代々木が呆れて池袋の耳を引っ張った。
「いててて!話が長そうだからさ、とにかく座って、さあ。」
「ありがとうございます。」
池袋が勧めたイスに少女が座ると、豊島園はその隣にイスを持ってきて少女の隣に座って手を握った。顔を真っ赤にする少女に豊島園は微笑んで続きを促した。
「いけふくろう様にお願いすればいいって。私がここから動けないって言ったら、小鳥さんは一生懸命飛んで、いけふくろう様の所にお願いしに行ってくれたんです。」
「いけふくろうのせいか…まったくあいつろくなことしない。」
代々木がつぶやいた。
「そしたら、豊島園さんが小さくなっちゃって。そんなに小さくなっちゃったら、お仕事できないし。それでもう一度いけふくろう様にお願いしよう思って。豊島園さんを元に戻してください、って。」
最後の方になると声が小さくなり、今にも泣きそうだ。そんな少女に豊島園は笑顔で言った。
「ありがとう。そんな風に想ってくれてたなんて。それに僕のためにここまで来てくれたんだ。嬉しいな。」
お礼を言われた少女は、しかし泣き出してしまった。
「いけふくろう!出てこい!」
代々木が大声で叫ぶと少女がびくりと体をこわばらせた。まもなく鳥の羽ばたく音が聞こえた。池袋が腕を差し出すと大きなフクロウがその腕に留まった。
「まったく、許可無く勝手に願いを叶えるなっていつも言ってるだろ!」
フクロウの留まった池袋の耳元で代々木が怒鳴ると池袋が肩をすくめた。
「学ちゃんうるさいよ。」
「だいたい、いけふくろうの管轄はあなたでしょ。あなたが甘やかすからこうなるんです。」
普段無口な代々木がここまで怒るのは、今回が初めてではないからだ。しかしどこ吹く風でいけふくろうの喉元を撫でる池袋に代々木は肩を落とした。
「さあ、早く豊島園さんと少女を元に戻しなさい。」
「待って。」
少女の手を握っていた豊島園が代々木の近くまで来ていた。
「もう少しこのままでいいかな?」
豊島園は代々木のスーツの裾を引っ張った。
「しかし、そのままでは業務に支障が。」
「今日の業務は、この子と一日デートだよ。」
豊島園は少女に笑いかけた。
「僕とこれからデートしてくれませんか?」
少女の前で豊島園は丁寧にお辞儀をした。

少女と豊島園は大勢の保護者を連れ池袋の街を散策した。街に出たことのない少女の手を引いて豊島園がエスコートをしていく。案内自体は池袋がしていたが、あまりにデートスポットとはかけ離れた電気店や少女には少し刺激の強い本屋に連れて行こうとするのでそのたび代々木に注意されていた。
それでも大勢で街を歩くのは楽しいらしく、少女と豊島園は終始笑顔で街を散策していった。
両国の隣で歩いている少年は少し寂しそうな顔をしていたが、少女の笑顔を見てやっぱり微笑んだ。
「さて、デートスポットの定番、サンシャイン国際水族館です。」
少女は初めて見る魚に驚いたりうっとりしたりしていた。大きな水槽の前でしばらくの間水槽の中を眺めていた。
「きれいだね。」
「はい。」
少女は頷くと水槽を背にして駅達が立つ方へと体を向けた。そして大きくお辞儀をした。
「本当にありがとうございました。今日はとっても、とっても楽しかった。とっても嬉しかった。」
笑顔でそう答えると、いつの間にか小さな小鳥が少女の肩に乗ってチチチと鳴いた。少女が両国の近くにいた少年の方を向くと少年は小さく頷いて少女の隣に向かっていった。
「まだだよ。これから食事に行こうよ。」
池袋が少女に近づこうとした。
「ありがとう。皆さん。ありがとう豊島園さん。そして、ありがとう、池袋さん。」
少女と少年が一礼するとその場からあっという間に消えてしまった。
池袋が悲しげな顔で少女が立っていた水槽に手を置いた。いつの間にか肩にはふくろうが留まっていた。
「タイムリミットだったみたい。」
その直後水槽のそばにいた豊島園が意識をなくして倒れ、駅達は慌てて池袋駅に戻っていった。




「写メ撮った人いないの?!あんなにかわいい沙武朗ちゃんを誰も撮ってないなんて信じられない!」
大江戸線のミラクルトレインの中になぜか池袋がいた。月島の焼くもんじゃを食べながら大声で叫んでいる。
「池袋さん、ちょっと黙って。」
豊島園が豊島園のおみやげをみんなに配りながら歩いている。
「だって、すごくかわいかったよ!もう、今でもかわいいけどさ!」
先ほどから豊島園の機嫌が悪いのは池袋が「小さい豊島園」をことさら強調しているからだとその場にいた誰もが思ったが、そのことについて誰も言う人はいなかった。

* *

「おはよう。」
豊島園駅の改札前で乗客に声をかける豊島園がいた。ピークを過ぎて人の流れが無くなった頃豊島園はパブリックアートに刻まれた少女の前で座った。
「おはよう。」
そう言って壁の少女の頭を撫でるとひときわ大きな木の下に座った女の子が笑っているように見えた。どこからか鳥の鳴き声が聞こえる。
少女は願う。

『今日も一日、あの人達が幸せでありますように。』